愛教労ホームページ > 憲法を守ろう

憲法を守ろう

憲法を守ろう

2010 年 5 月 7 日 金曜日

憲法のはなし 1947(昭和22)年8月2日 文部省発行

1945年、日本が戦争で負けた時に、二度と戦争は起こさないことをちかいました。そして、子どもらに「戦争の放棄」(戦争をしないこと)を伝えるために、下記のようなパンフレットを作ったのです。

 

「憲法のはなし」について
 なんと明快な言葉で書かれていることでしょう。「こんな戦争をして、日本の国はどんな利益があったでしょうか。何もありません。ただ、おそろしい、かなしいことがたくさんおこっただけではありませんか。」と、書かれているのです。
 その時、日本は焦土(焼け野原)となっていました。そして、多くの人が死に、帰ってきませんでした。また、シベリアに連れて行かれ帰ってこない人々もたくさんいました。そして、南の島、中国大陸にも多くの日本人が。
 そして、アジアでは、日本の起こした戦争によって日本の何倍もの人々が殺され、焦土となっていたのです。
 日本国憲法の第九条には、日本が再び戦争をすることのないように決意を込めて以下のように書かれています。


 日本国憲法第九条

第二章  戦争の放棄

第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
②前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

〔解説〕
 これは、あまりに明確で、解説の必要のないほどの言葉です。つまり、「武力による威嚇(おどし)」「武力の行使」は「これを永久に放棄する」ということなのです。
 そして、戦争もしないし、武力を一切使わないなら、「武力を保持しない」(つまり、もたない)「交戦権を認めない」(戦わない)と言っているのです。
 これは、日本が起こした戦争で、日本人300万人以上、アジアの人々2000万人以上が殺された戦争の痛恨の結果からみちびきだされた教訓だったのです。
 そして、さらに重要なのは、「戦争を永久に放棄」したことを確実にするために二項として「戦力の不保持」「交戦権を認めない」ことが明記されていることです。

 この憲法にたいして、世界から期待が高まっています。「戦争を放棄」したことはすばらしいと。
この憲法を守り、「世界の平和の指針」にしようではありませんか。
しかし、、この憲法の平和条項を敵視して、ふたたび日本が武器をとることを画策する勢力があります。
 でも、日本は、今から60年前、日本人そして、アジアも多くの人々が体験した痛苦の出来事から、「再び戦争しないこと」を誓ったのです。
 紛争や戦争が続く世界において、この平和憲法を高くかかげ、21世紀の現実的な理想(希望)としたいと思います。そのためにも、自衛隊の海外派遣(アメリカのいうなりの戦争と占領支配の手助け)など論外です。
自衛隊の海外派遣絶対反対!!
憲法九条を守りましょう!改悪には絶対反対です!

国家(今回は、アメリカ大統領とそのお付きの首相、そして、この問題を政治利用しようとする反動政治家など)の命令に従って、命を落とすことなどないように、人は平和に生きる権利があるのです。


今こそ平和の声を!

父母からの投書より

あなたは、どんなときに「幸せ」を感じますか?
私は、夜、寝る前のひと時、蒲団に入って両脇に我が子を抱き、今日一日の出来事を話している、そんなたわいもない時間が好きで、ひそかに「ゴールデンタイム」と呼んでいます。せわしい1日の中で、そこだけがゆったりと流れる時間。我が子を「右腕の幸せと左腕の幸せ」と呼び、ぎゅっと抱きしめるとき、心身ともに温もり、蒲団の中に溶けていきそうな至福のとき。

 「温かくて、いいなあ。でも、イラクの子とかはこうやってお母さんと寝ていられないのかなあ。かわいそうだね、お母さん。」

  そうです、忙しさにかまけて新聞も読まず社会情勢に疎くなっている私の耳にも、最近の「自衛隊派兵近し」のきな臭いニュースは、聞こえてきます。戦争賛成なんて、誰一人言わないことでしょう。しかし、「テロに屈しないために!」「イラクに民主的な政権が確立されるために!」そしてまた対極では「神の名のもとに!!」と、大義名分をくっつければ全ては、正義となり、許されるのでしょうか?!実際にそこで行なわれている行為を見れば、それは単なる大量人殺しに過ぎないではありませんか!「自衛隊の派遣は国際貢献である。やむをえない。」という人々に言いたい。「それでは、あなたは、自分自身や自分の愛する子どもや伴侶を、殺されるかもしれない場所や、人を殺すかもしれない境遇に送り込むことが本当にできるのですか?」と。

 いかなる戦争もそこに巻き込まれている一人一人に人生があり、家族が有るということを、自分のことのようにとらえられることが、とても大切なことだと思うのです。

 私の母は私が子どものころ、よく自分の子ども時代のことを話してくれました。第二次大戦、小学校が国民学校と呼ばれていた時代です。名古屋の子でしたから、いつもおなかが減っていたこと。愛知時計という近くの工場に爆弾が落とされたこと。学童疎開をしているとき、イナゴをつかまえて食べたこと。学校ではよく先生にみんなピンタをつられたこと。シベリアに抑留されていた兄さんが帰ってきたときには、誰か分からずにびっくりしてにげたこと。朝鮮の人のことを平気で悪く言っていたこと。・・・・母は「戦争反対」と子どもの私に言ったことはありませんでした。しかしさりげなく、戦争に関する本が私の手に届くところにありました。「八月がくるたびに」「化石山」「ガラスのうさぎ」「流れる星は生きている」・・・

 私は今になってはっきり気がついたのです。

戦闘シーンというと漫画やテレビゲームなどで、攻撃側のかっこよさばかりがインプットされているような今の子どもたちに、戦闘下で繰り広げられている地獄絵と、そこにいる一人一人の生活に思いをいたらせることができる力を養うために、教師として、親として、戦争の具体的な史実をリアルに伝えていくことが、とても重要であるということを。それが平和への小さな小さな第一歩であるということを。


この「「手紙」は、あるお母さんからいただきました。
子どもらのために、そして、あらゆる人々のために、今こそ平和を!
「ヒロシマのある国」の果たすべき歴史的、世界的使命は
「平和守る」の一言です